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「日光東照宮 隠された真実」(宮元健次)を読んだ

日光東照宮というと、江戸時代以降を舞台にしたミステリー・オカルト・ファンタジーで、よくネタ元となるもののひとつ。
将軍家光とか、天海僧正とか…たいがいは、悪役かな。
「大江戸魔法陣」(加門七海)や「QED 東照宮の怨」(高田崇史)といったあたりを、私も面白く読んでいる。

そうして触れる機会も多く、また地理的にも近いわりに、日光東照宮に対する印象は、どこかぼんやりとしたものだ。
小学校のころの遠足で訪れた時の、なんだかキラキラした、赤と金のイメージ。眠り猫と三猿…。
数年前に世界遺産に登録された折には、日光をテーマにしたテレビ番組などもけっこう目にしたものだったが、それでも、ぼんやりとしたイメージがはっきりするにはいたらなかった。

これではいかんと、手に取ったのが本書である。
本書では、日光東照宮造営に関わった三人のプロデューサー、美術・狩野探幽、宗教・南光坊天海、建築・小堀遠州にスポットをあて、東照宮の成り立ちと意味について解説。また、当時の政治状況や日光の歴史的背景なども、多角的に取り上げられている。
なにより、私のようなシロウトにも分かりやすく、興味深く読めるよう、書いてあるというのがいちばんだ。
おかげで、付け焼刃くらいのレベルには、達することができたかも。

日光東照宮のガイドブックとしても、最適な本書。
何かと影響されやすい私も、当然、日光を訪ねてみたくなったが…雑事に追われる毎日、そんな機会はいつあることやら。

Amazon-Link…祥伝社黄金文庫「日光東照宮 隠された真実」

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新札抜き取り事件

今回の新札発行に際して、日銀前橋支店の職員が「777777」など同数字の並ぶ番号の新札を抜き取っていた、という事件が発覚した。
関与した5人の職員たちは動機について、「記念に手元に置いておきたかった」「家族に見せたかった」などと話しているそうだ。
(2004.11.25 読売新聞朝刊・1面ほか オンライン版はこちら

怒り、あるいは呆れという感情の一方で、まあ、こういうこともあるだろうなー、という思いもある。
だって、紙幣のプレミアとかなんとか、テレビ等メディアであれだけ喧伝されていたのだから…そりゃあ、魔が差す者もいるだろう。

紙幣が番号による価値の差はない、というのが日銀側のタテマエのようだ。
(だから、盗みではなくあくまで「両替」をした今回の5人に、それほど重い処分は下らないらしい)
しかし、そのタテマエが実態とあまりに乖離してしまった場合は、何か方策を考えるべきではないか。
例えば、中国の乗用車のナンバーのように、新札発行時には珍しい番号をオークションにかけるとか。国庫の新たな収入源にもなるし。
偶然手に入った紙幣に、プレミアがついて大喜び!…なんて、そんな牧歌的な時代じゃないでしょ、今やもう。

手に入れたい人が手に入れられる競争入札制度の方が、たとえ金持ち優遇という側面はあるにせよ、よっぽどマトモだと思う。
一部の人間だけの役得や、密室での取り引きと比べたら。

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ちょっとショック・ちょっとビックリ

腹が減って目が覚めてしまった未明。
このごろハヤリのゴージャス肉まんでも食べようと、朝の冷たい空気の中を、震えながら小走りにコンビニへと向かったら…。
肉まん類は、すべて準備中だった。
そりゃあ、どこかで商品の入れ替えをしなくちゃいけないのは分かるが…ちょっとショック。

同じ日の夕方、とあるドラッグストア。
2千円弱の買い物をして、5千円札を出したら、もらったお釣りは2枚の紙幣…。
新千円札と2千円札だった。
ちょっとビックリ…見慣れぬ紙幣に、異国で買い物しているような気分。

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続・耳の手術

―前回までのあらすじ―
先天性耳瘻孔(じろうこう)とは、生まれつき耳たぶに小さな穴が開いていて、そこが腫れたり膿んだりする病気である。
その耳瘻孔を治そうと一念発起した私は、耳鼻咽喉科専門・K病院で診察を受け、手術をすることになった。
もともとが大した病気でもないし、ごく軽い調子で「手術しましょう」という女医先生の態度からしても、ちょっと耳を切るくらいのもんだろうと踏んでいた私。だがその期待は、裏切られることとなる。
今や私は、点滴と血圧計と心電図モニターをつけられ手術台で横になり、先生の執刀を待つ、「まな板の鯉」的状態なのであった。
(詳しくはこちら

まずは消毒。消毒液を含ませたガーゼで耳をふかれる、冷たい感触。
「それでは、麻酔の注射を打ちます。針を刺す時、ちょっと我慢してくださいね」
耳たぶに、チクッとした鋭い痛み。

何しろ目隠しをされ、視界はゼロなのである。自分の置かれている現状を判断する材料は、耳から入ってくる情報だけだ。
先生や看護婦さんも、そのへんは分かっているのだろう。今は何をしているとか、次は何をするとか、逐一説明してくれる。
…ただ、説明があるぶん、もどかしくもある。
手術の様子など、見たくもない…という人も多かろうが、そういうの、私はしっかり見たいと思う方だ。
長い間、それなりに悩まされてきた病気である。その正体を、ちゃんと自分の目で確かめたいじゃないか。

「そろそろ、麻酔が効いてきたころでしょう。それでは、はじめます。痛いようだったら、おっしゃってください」
そう言う先生の手には、きっとメスが握られているのだろう…などと想像しているうちに、耳たぶに感触。それと、かすかな痛み。
我慢できないほどではないが、ここは、我慢してちゃいかんのじゃないかな?
「あの、ちょっと痛いんですけど」
「はいはい、それじゃ、麻酔を追加しましょう」
再度、麻酔注射。
「まだまだ、打てる麻酔の量には、余裕がありますからね。痛かったら遠慮せず、ちゃんと知らせてください」
それなら安心…って、そんなにじゃんじゃん麻酔を追加しなくちゃいけない手術の状況も、よく考えるとコワイなあ。

改めて、執刀開始である。今度は、痛みも何も感じない。
「痛くないですか?」
「はい、大丈夫です」
何も感じない中、ザク、ザクという音だけが、耳元で聞こえる。メスが、私の耳たぶを切り開いていく音だ。
先生にとっては、慣れた手術なのだろう。手を動かしながらも、口は世間話まじりである。
「どちらからいらしてるんですか?」
「今日、仕事は休み?」
「この病院、待ち時間が長くて大変でしょう」
特に力説するのは、「男の人は、たいがい痛みに弱い」という話だ。
リッパな大人の男でも、検査用の採血だけで貧血を起こしたり、私と同じ耳瘻孔の手術を受ける男性患者でも、迷わず全身麻酔を選ぶ人がいたり。
それに比べて、あなたはけっこうガマン強い…と、ほめてくれる。自分では普通だと思うのだが、ほめられて悪い気はしない。
…とかいって、これも患者に痛みを我慢してもらって、手術を円滑に進めるための、医者の作戦なのかもしれないが。

しばらくすると、先生の口数が少なくなってきた。
世間話のタネも尽きたのか…と思いきや、そうではないらしい。
かわって聞かれるようになってきたのが、「これは、大きいなー」というつぶやき。

ここで、耳瘻孔という病気の手術について、簡単に説明しよう。
耳瘻孔による耳たぶの穴は、表面的には針でつついたほどの小さなものであっても、その内部は袋状に大きく広がっていることがある。
特に、治療を要するものはたいがいそう。なんというか…アリの巣のようなものをイメージしてもらえば、分かりやすいかと思う。
その穴の入り口から中の袋まで、そっくり取ってしまうというのが、耳瘻孔の手術だ。
万が一、取り残しがあると、そこから再発の危険がある。かといって、太い血管や耳の軟骨を、大きく傷つけるようなことがあってはいけない。
手術の内容はシンプルでも、技術は熟練を要する。

問題は、その穴の内部の大きさが、手術をしてみてはじめて分かる、ということだ。
レントゲンに写るような性質のものではないし、穴の入り口は小さいから、中に器具を入れて確かめることもできない。
結局、穴がどこまで広がっているかは、切ってみなきゃ分からない。

どうも先生のリアクションからすると、私の耳瘻孔は、大きい方だったらしい。
「だいぶ、広がっちゃってますね」
しかも、過去に炎症を繰り返した結果、穴の一部が軟骨に癒着しているのだという。
「もちろん、ちゃんときれいに取れますけど…」
なんだかよくは分からないが…先生が苦労している様子は、こちらにも伝わってくる。
しまいには、
「やっぱり、全身麻酔の方がよかったかなあ
などと言い出す始末。
聞けば、「これでも、気を遣っているんですよ」とのこと。
そりゃそうか。局所麻酔だと、常に麻酔が切れないようコントロールしなきゃいけないし、そうじゃなくても、患者がつい身動きしてしまうとか、そんなことへの対応も必要だろう。
医者からしたって、全身麻酔の方が手術がしやすいわけだ。

全身麻酔がよかったかな、と思わせる理由は、実は私の方にもあった。
それは、痛みや恐怖心などではなく…やはり、同じ姿勢を保っているつらさである。
手術台に仰向けに寝転がり、右耳を見せるため、頭だけをちょっと左に傾け…しかも「今、血管のそばを切ってますからね。慎重に進みます」などと言われると、万が一にも動かないよう、首筋に力が入る。
5分や10分ならいいが、こう長時間になってくると、さすがに苦行である。

かといって、今さら中止にはできないし、全身麻酔に切り替えることも不可能。
それは、お互いに分かっている。
スタートしてしまったマラソンランナーのごとく、ゴール目指してがんばるしかない…いやまあ、がんばるのは先生なのだが

「…取れました」
先生の声。やれやれ、助かったー。
あとは、消毒、縫合…最後に創部が耳たぶごと厳重に覆われ、手術は終了した。
「はい、お疲れさまでした」
看護婦さんに言われて、半身を起こす。
首を、ぐるっと一回。イタタタ…まるで、ひどい寝違えだ。
壁の時計を見ると、手術開始から、1時間40分…予定より、ずいぶんと長引いたもんである。

「はい、これ」
と先生が示したのは、小さなビンの中でホルマリン漬けになった…たった今摘出したばかりの、私の耳たぶの病巣だ。
その、球状の赤黒い固まりは、およそパチンコ玉ぐらいの大きさ。これが、私を長いこと悩ませてきた耳瘻孔か。
こうして体から離れてしまったと思うと、さすがにちょっと寂しい…わけはないが。

抗生物質と痛み止めを処方してもらい、3日後の再来院を約束し、ようやく開放。
先生によれば、当日はともかく、翌日からは普通にしていてかまわないそうだ。特に食事制限や禁止事項もないし、患部を濡らさなければ、風呂に入ってもOK。

…とか言われても、何かしようって気も起こらんよなあ。
などと、ガーゼとテーピングでぐるぐる巻きにされ、麻酔が切れて痛みはじめた右耳を抑えつつ、私はとぼとぼと家路についたのであった。

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新札を手にして思った

それはそうと、新しい紙幣が発行されて、はや2週間あまり。
私もようやく、千円から五千円・一万円札と、新紙幣をひと通り目にはしたが…今ひとつ、新鮮に感じられないのはなぜだろう?
前回・20年前の新紙幣発行時には、もうちょっと感動があったような気がする。

思うに、新札と旧札に、さして大きな変化がないのが原因ではなかろうか。
大きさや色合いに、違いはないし。
肝心の肖像画にしたって、一万円札は同じ福沢諭吉。五千円札の樋口一葉は、確かに目新しいけど…いかんせん、ほかの紙幣に比べて、手にする機会自体が少ないし。(実際、五千円札の流通枚数は、全紙幣のうち4%弱だそうだ)

それでは、我々庶民からして、最も身近と思われる千円札はどうか。
肖像画も新しくなり、だいぶ印象が変わっているはずだけど…。

20041117.gif

はっきりいって似すぎ!
背広にヒゲ、広いオデコ…違いは髪形ぐらいじゃん。
これじゃ、新鮮に感じられないのも無理ないよ。

経済効果とやらを狙うんだったら、もっと大胆なデザインチェンジが必要なんじゃないかなあ。
まあ、主目的は偽札防止なんだから、別にこれでいいのか…。

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耳の手術

先日、待ち時間の長い耳鼻咽喉科病院の話を書いた。
それでは、なぜその病院に通っているのかというと…実は、耳の持病を、手術で治すためなのである。

その持病とは…先天性耳瘻孔(じろうこう)。
生まれつき、耳の周囲の皮膚に小さな穴があいている、というものだ。例えるなら、貫通していないピアス穴、とでもいったところか。
私の場合は、右耳たぶの前部にひとつある。外見は、ぽつんとごく小さな穴である。

聞くところによれば、この穴を持っている人は、100人中数人にもなるという。学校なら、クラスにひとり以上、という勘定だ。けっこう多いな。
とはいえ、私は、自分以外に耳瘻孔の人を知らないが…まあ、人の耳たぶなんてまじまじと見ることもないし、そんな自分の病気を、宣伝して歩く者もないだろうけどね。

ピアス穴が特に問題ないのと同じで、この耳瘻孔も、そのままなら放っておいて害のあるものではない。
だが、ピアス穴と違って出口がないものだから、バイ菌が感染しやすく、腫れたり痛くなったりすることがある。
一度そうやって化膿すると、あとは悪循環。穴の内部が袋状に広がってしまい、よりひどい化膿をおこすようになってしまうのだ。

私の場合は、それほど悪くはないのだが、時おり小さく腫れたり、痛痒くなったり、膿が出たりする。
その膿がけっこう臭かったりするのだが…それ以外は、日常生活に支障はない。

支障がないとはいえ、やはりうっとうしいことはうっとうしい。
そんなうっとうしい生まれつきの病気を、それではなぜ、今まで治さなかったのかといえば…。

実は過去にも、何度か耳鼻科で相談したことはあるのだ。
だが、これまでかかった医者のリアクションは、あまり芳しいものではなかった。
曰く…
「治すのは大変だよ。手術で取らなきゃいけないから」
「そんな、手術してまで治すもんじゃない」
挙句の果てには、
「これの手術は、けっこう難しいんだ。失敗すると、耳たぶを失うこともある」
…おいおい、本当かよ。医者が患者を脅かしてどうする。

というわけで、どうにも治そうという気にならないまま、ン十年…。
最近になって、そんな私の気を変えるきっかけがあった。

といっても、そんな大きな出来事ではない。
今年の春から新しく通いはじめた、近所の耳鼻科・Jクリニックである。
(ちなみにそこに通っているのは、耳とは別の理由なのだが)
その医院の先生は、けっこう若いだけに先進的な治療を取り入れていたり、なかなか優秀な感じである。こちらの話も、親身になって聞いてくれる。
この人ならと、耳のことを相談してみる…「それなら、いい人がいるよ」と、紹介してもらったのが、今回手術を執刀してもらう、耳鼻咽喉科専門・K病院の女医先生なのであった。

時は9月。その、K病院の診察室。
「手術しましょう。これはもう、きれいに治りますから」
私の耳を診察するなり、テキパキとした口調で、女医先生はそういった。
なんとまあ、頼りになりそうな人である。これなら安心。

そして、決定した手術日は11月。
なぜそんなに間をあけたかというと、11月になれば草野球のリーグ戦が終わっているから…では、もちろんなくて、女医先生のスケジュールの都合である。
もしその11月を過ぎると、次に手術可能なのは、年末近くだそうだ。人気のある先生で、ますます心強い。

さて、そんなこんなで、手術当日である。
私は、けっこう気楽に構えていた。
手術といっても、耳をちょっと切るくらいのものだろう。メスでピッとやって、悪いところを取って、ちょちょっと縫って消毒…そんな感じか。
その時の私には、知る由もなかった…自分の見通しが、いかに甘いものかということを。

看護婦さんに名前を呼ばれ、いつもと違うフロアに案内される。
待合室の喧騒とは異なり、その廊下は、妙に静まりかえっていた。
奥の一室に通される。ロッカーが並ぶ、小さな更衣室だ。
「これに着替えてくださいね」
手渡されたのは、手術着というのか、薄っぺらいタオル地の浴衣のようなものと、頭を覆うキャップである。
「Tシャツなんかは、着てていいんですか?」
「下着一枚だけ身に着けて、あとは脱いでください」
なんだか、いやに本格的だなあ…などと思いながら、パンツ一丁になって手術着に袖を通す。

次に連れて行かれたのは、いよいよ手術室だ。
中央にベッド、上に大きなライト、周りに各種器具、壁には時計…「白い巨塔」で見た、そのまんまである。
「それでは、ベッドに寝てくださいね」
横たわった私の、左腕には点滴の針が刺される。右腕には血圧計のバンドが巻かれ、最後に、胸に心電図モニターの電極が張りつけられた。
「点滴も心電図も、今回の手術では特に必要ないんですけどね。まあ、一応…」
必要ないなら、なぜつけるのか? 一応って、何が一応なんだ?

私は、手術が決まった時の女医先生の質問を思い出した。
つまり、手術を全身麻酔で行うか局所麻酔で行うか、という問題である。
先生が言うには、別にどちらでもいいそうだが…。
私は迷わず、局所麻酔を選択した。
全身麻酔は、寝ているうちに手術が終わるのだから、確かに楽だろうが…なんだか、妙にコワイ。
テレビ番組の「トリビアの泉」によると、「全身麻酔がなぜ作用するのか、未だ医学的には解明されてない」そうだし。へー。

そのことを後悔したわけではない…が、現在の、これ以上はない「まな板の鯉」状態は、やはり不安である。
そうこうしているうちに、
「ライトがまぶしいですから」
と、今度はガーゼで目隠し。しかも全身にシーツを被せられ、右耳だけが露出した状態に…。
動きの自由はおろか、視界まで奪われた私の耳に、遅れてやってきた女医先生の声が入ってきた。
「お待たせしました。それでは、はじめましょうか」

―長くなってきたので、この項続く―

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クマを助ける「ドングリ作戦」

今秋、ツキノワグマが足りないエサを求めて人里にまで出没。人や農作物に被害を与えたり、あるいは捕獲・射殺される…という事件が相次いでいるのは、ニュースなどで周知のとおりである。

そんな中、兵庫県の自然保護団体・日本熊森協会というところが、公園などのドングリを集め、山のクマへと届ける、という活動をはじめたそうだ。
すでに全国から数トンにものぼるドングリが寄せられ、北陸各県の山にまかれたようである。

確かに、クマはかわいそうだ。
テレビなどで銃弾に倒れたクマの映像を見ると、悲しい気分になる。
だけど、この「ドングリ作戦」…気のせいか、かすかな違和感を覚えるのだが…。

奄美大島のマングースの話をご存知だろうか。
毒蛇ハブの駆除を目的として、1980年前後に奄美大島に放たれたというマングース。しかしその後の調査で、マングースがハブではなく、特別天然記念物のアマミノクロウサギをエサとしていることが分かったのだ。
そりゃあ、そうだろう。マングースにしたって、猛毒を持つ手強いハブと戦うより、ウサギを相手にしたいに決まっている。
今や、NGO団体・奄美哺乳類研究会などが、逆にマングースの駆除にあたっているありさまなのである。

一見、クマとは関係のない話題のように思えるかもしれない。
何が言いたいのかというと…人の力で自然をコントロールしようとするのは、かくも難しいということだ。
人の浅知恵で、よかれと思ってしたことが、取り返しのつかない悲劇を生むこともある。

誤解しないでいただきたいが、もちろん、その「ドングリ作戦」が浅知恵だと言っているわけではない。
だが、やはりというか、一部の生態学者からは、自然への過度な干渉を危惧する声もあがっているという。

「他の地域からドングリを大量に持ち込めば、地域差のあるドングリの遺伝子を撹乱する。またドングリの中に入って、その地域にいない害虫を持ち込む可能性もあるし、土や葉も付いていたら菌類が広がることもある。
そもそもドングリは、クマの口に入らない。ネズミやイノシシの方が個体数は多く、クマの口に入る前に食べられてしまう確率が高い。(中略)来年はネズミが増えてしまう恐れもある」
―保科英人・福井大学教授の談話
  2004.11.8 AERA(朝日新聞社) 記事より引用―

一方、日本熊森協会の側は、問題はないと反論している。

「指摘のほとんどが当会ではすでに検討済みのことでした。起こらないかも知れないようなリスクを恐れて、奥山生態系の頂点に立つクマの絶滅に何の手も打たないなら、取り返しのつかない事態を迎えることになるとわたしたちは考えます。
(中略)
あくまでドングリ運びは緊急避難的措置で、しないですむならそれにこしたことはありません。次々と人里に降りて来ては、駆除されていく北陸のクマたち、相次ぐ人身事故、双方に歯止めをかけるための、やむをえない対策として行っているだけです。当然、ドングリは、すでに自然生態系が人間によって壊されているところにしか置いていません」
―2004.11 日本熊森協会ホームページ より引用―

いずれが正しいのか、私には判断できない。もしかすると、誰にも判断できないことなのかもしれない。
だが、あくまで謙虚に、人が自然のために何ができるのかを考えること…そして、感情的になることなく、前向きな議論をすること。
それが、大切だと思う。

じゃなきゃ、死んでいったクマやアマミノクロウサギやマングースが、浮かばれないよ。

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優勝だ!

わーい、優勝だ! うれしいな♪

なんの話かって、草野球である。
私の所属する草野球チームが、ついにリーグ優勝を果たしたのだ!

いやいや、これじゃまだ、何がなんやらよく分かるまい。
もうちょっと、詳しく書くことにしよう。

プロフィールの「興味があること」欄に草野球と書いているとおり、私は草野球が好きだ。
草野球は、運動量もほどほどで、上手な人も下手な人も一緒に楽しくやれる、すばらしいスポーツである。
(ちなみに私は、もちろん下手の横好きの類だが)

そんな私も、ここ十年くらい、草野球とはすっかりご無沙汰であった。
二十代のころは、そりゃあもう、毎週のように試合をしていた時期もあったものだ。
しかし、いかんせん、メンバーそれぞれ、多忙になったり疎遠になったり…いつしかチームも解散状態になり、私もボールすら握らない日々が、長く続いていた。

そんな生活に変化が訪れたのが、三年前…知人による、新チーム立ち上げの報。
それをきっかけに、私は再び、草野球界に舞い戻ったというわけなのである。

現在、私の草野球活動の中心となっているのが、冒頭にも出たリーグ戦だ。
所属しているのは、ベテランマンガ家のC先生やK先生のチームや、変わったところでは、テレビの将棋解説でおなじみのT九段の率いる棋士チームなど、全部で6チーム。
基本的には趣味の草野球チーム同士だが、それが1年間に渡って各20試合・計60試合を戦って優勝を決めるという、なかなか本格的なリーグなのである。

そんな中、私はマンガ関連専門校の先生・Oさんのチームの仲間に加えてもらっている。
私が入った最初のころ、チームは実に弱小であった。お荷物球団という、不名誉なあだ名さえ…何しろ、その年は全部で2勝しかできなかったのだ。
それがどういった加減か、急に勝てるようになり、昨年は準優勝でシーズンを終えることとなる。
年齢的にはもう若いとはいえないメンバーの集まった我がチーム、多少練習したからといって、それほどうまくなるはずもないのだが…まあ、強くなって文句を言う筋合いもないか。

そんなわけで、気合の入った今年。
11月の最終戦に見事勝利して、我がチームはついに優勝の栄冠を勝ち取ったのであった。

それにしても、3対0とリードして迎えた最終回は、すごかったな。
何がすごいって、メンバーの緊張ぶり!
信じられないような、凡エラーの連続。「みんなー、ラクにラクにー」などと、私は球のあまり飛んでこない外野で気楽に声を張り上げていたが、これがフライでも上がってこようもんなら、いったい何をしでかしていたことやら…。
1点差に追い上げられ、なおランナー2塁…その時マウンド上のピッチャー・Yさんは、同点までは覚悟したそうだ。

だが、勝ってしまえば、それも愉快な思い出である。

ただ、私には個人的に残念なことがある。
最終戦のひとつ前、負ければ後がないという首位決戦の天王山…10月に行われたその大事な試合に、私は予定が合わず、出場することができなかったのだ。
それはもう、非常に盛り上がった試合だったとの話。そこにいられなかったことは、やむを得ないとはいえ、悔いが残る…。

と、いうわけで…来年の目標は、シーズンフル出場だ!
…とかいって。それは不安定社会人の私にとって、ホームランよりもファインプレイよりも、何よりも難しいことだけど。

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チャック

てっきり英語だと思って使っているカタカナ言葉が、実は英語でもなんでもない…ということは、よくある話だ。
海外に行ったり外国人と話したり、なんて機会はそうあるわけじゃないが、気がついたときには即チェック! が、いらん恥をかかなくてすむコツである。

最近知ったのは、チャックという言葉。
ジーンズや上着についていて、ジーッと滑らせて前を開け閉めする、おなじみのアレだ。

取り上げるからには、チャックはもちろん英語ではないわけで。
では英語ではなんと呼ぶかというと…スライドファスナー(Slide Fastener)かジッパー(Zipper)、あるいはジップファスナー(Zip Fastener)。
私の認識では「ファスナー=チャックのカッコイイ呼び方」だったんだけど、それが正しい英語表記だったのね…。

そこで問題なのが、じゃあチャックとは何語か、ということ。
実は、巾着(きんちゃく)をもじった、日本語の商品名だったのだ。
昭和初期に最初の日本製ファスナーが作られた時、「チャック印」の商標で売り出されたのが、そのまま呼び名として定着してしまったということらしい。
へー、なるほど。

サッカー・Jリーグ所属チーム、コンサドーレ札幌(コンサドーレ=どさんこ のもじり)みたいなものか。
ちょっと違うか。

(なお、ファスナーの世界シェア50%を誇るYKK社による解説ページはこちら

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酉の市・花園神社編

今日は酉の日、11月の一の酉だ。

ここ十年来、酉の日は酉の市に出かけ、縁起物を手に入れるのを恒例としている。
酉の市についてはこちらのサイトでも見ていただくとして…今年は三の酉まである、火事にも注意の年。
例年以上に張り切らなくちゃならない、酉の市詣でというわけだ。

さて、昨年までなら浅草・鷲神社に行くところだが、引っ越してしまったため、そっちとはやや離れてしまった。
それなら近いあたりで、と今回向かったのが、新宿・花園神社である。

酉の市なんて、どこも同じだろう…と思っていたのだが、意外と雰囲気は違っているものだ。
なんというか、花園神社の方がより「縁日」的である。
鷲神社の酉の市は、境内いっぱいに縁起物を売る屋台が並んでいる。花園神社も屋台が連なっているのは同じだが、そのうち七割方は酉の市とは関係ない、各種テキ屋なのだ。
タコ焼きやチョコバナナなど、昔ながらのジャンクフード。オデンや鮎の串焼きで一杯飲ませるところもある。クジに射的に季節外れの金魚すくい、お約束の偽ブランド売り…まるで、屋台の見本市だ。
境内の端に伝統的見世物小屋まであるのが、さすがという感じ。

一方、肝心の縁起物はというと…うーん。
そもそも店の数が少ない上に、バリエーションも今ひとつ。カッコイイのもあるにはあるが、いかんせん値段が…かといって、安いヤツはそのまま、見た目も安っぽいし。
手ごろでちょうどいいあたりのが、なかなか見つからないんだよね。

違うといえば、もうひとつ、呼び込みのオジサン。
どれを買おうか決めかねつつ、うろうろする私に向かって、「オニイサン、さっきも通ったね」「迷っているんだったら、ウチにしな」「顔覚えたからね」…。
それはまさに歌舞伎町スタイル。なんだかコワイよ…。

そんなこんなで、よさそうなものをゆっくり吟味、なんて心の余裕もなく。無難なヤツをいくつかみつくろうと、ほうほうの体で花園神社を後にしたのであった。

20041102.jpg
 ↑オーソドックスな熊手タイプ。これはこれで、悪くはないんだけど。
  本当は、もうちょっと面白い形のが欲しかった。

勝ち負けでいえば、今年の酉の市は負けだな…。

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